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広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ネ)35号 判決 1959年10月30日

控訴人(被告) 岡山県知事

被控訴人(原告) 水野喜一郎 外一名

原審 岡山地方昭和二五年(行)第一八号(例集九巻一号1参照)

主文

原判決中被控訴人水野喜一郎に関する部分を取り消す。

被控訴人水野喜一郎の請求を棄却する。

控訴人の被控訴人三村謙一に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用中控訴人と被控訴人水野喜一郎との間に生じた第一、二審の費用は同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人三村謙一との間に生じた控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人水野喜一郎と被控訴人三村謙一の訴訟代理人はいずれも「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張と立証は、原判決事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。

理由

先ず、本件買収処分の趣旨及び手続を見るのに、原審証人横田柏男の証言と弁論の全趣旨とによれば、本件買収処分の趣旨は自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三十七条に基いて本件山林をいわゆる代替地買収するものであつて、その手続は昭和二十四年四月十九日岡山県開拓委員会で本件山林を買収適地と判定し、同年七月二十日岡山農地事務局長の買収承認がなされ、同年八月一日岡山県農地委員会が同年十月二日を買収期日と定めて買収計画を樹立し、次いで同年八月四日その旨の公告をして同月五日から同月二十五日まで岡県山阿哲郡新砥村役場において計画書を縦覧に供し、控訴人はこれよりさきに右買収計画認可に関し農林大臣の承認を得ていたので、同年十月二日右買収計画を認可したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

然るところ、被控訴人らは本件買収が法定の手続を履践せず、被控訴人らに対し買収令書の適法な交付をしなかつたものであるから、本件買収は無効である旨主張するのに対し、控訴人は岡山県阿哲郡新砥村農地委員会及び同県川上郡吹屋町農地委員会を通じて、昭和二十四年十二月中旬頃吹屋町役場において、被控訴人水野喜一郎に対し、本件買収令書を交付したものであるが、これが受領証の提出がなかつたので、控訴人において昭和二十五年二月二日付の岡山県公報に右交付に代わる公告をしたものであるから、これが手続に何らの瑕疵がない旨主張するので、この点について審案する。先ず、原審証人宝蔵哲夫、同横田柏男、同中山介治の各証言によると、必らずしもその日時は明確ではないが、右控訴人主張の如く前記吹屋町農地委員会書記において昭和二十四年暮か昭和二十五年一月中頃吹屋町役場で被控訴人水野喜一郎に対し本件買収令書を交付したところ、同人は右買収は不当であるから、これが受領印を押すことはできないが、右買収令書だけは受取るといつて、これを持ち帰つたことが認められ、右認定に反する原審被控訴本人水野喜一郎尋問の結果は前示各証拠に比照してにわかに措信できないが、然らずとするも同尋問の結果自体によつても、被控訴人水野喜一郎において昭和二十五年七月頃前記吹屋町役場で同町農地委員会々長から本件買収令書を手渡されたのに対し、右買収は不服であるから令書は受取る訳には行かないが、一時貸してくれと申置きをしたものの、事実その場で右令書を受取つてこれを持ち帰つたことを認めていることが明かである。ところで、買収令書の交付があつたものといえるためには、必らずしも受領証の提出があつたことを必要とするものではないし、またその受領の意思があつたことを必要とするものでもなく、特段の事由がない限り買収令書自体を被買収者に事実上交付し、同人がその内容を了知し得る状態におくことをもつて足りるものと解するのを相当とするから、特段の事由のない本件については右認定のいずれの交付行為をもつてしても被控訴人水野喜一郎に対する関係においては適法な買収令書の交付がなされたものと認むべく、従つてまた控訴人主張の右交付に代わる公告はむしろ無用の手続であつたものといえよう。

しかし、本件山林はその全部が被控訴人両名の共有に属することは当事者間に争いがないところ、右の被控訴人水野喜一郎に交付された本件買収令書には、単にその名宛人として「水野喜一郎外一名」と記載したもの一通を交付したものであることは控訴人の自認するところであつて、右令書自体被控訴人三村謙一を名宛人とする趣旨が明らかでないし、現に同人に対し右令書の交付された事実又はその交付ができない事由の存在した事実を認むべき証拠はない。控訴人は被控訴人水野喜一郎が本件共有山林に関する一切の権利行使をなし、被控訴人三村謙一に関する本件買収令書の受領行為についても代理権を有していたから、右の被控訴人水野喜一郎に対する交付行為をもつて被控訴人三村に対する交付もあつたとするに足りる旨主張するが、右代理権の存在を肯認すべき何らの証拠もないから、右主張は採用することができないし、また控訴人は被控訴人三村謙一に対する関係においても右交付に代わる公告をした旨主張するが、自創法第九条第一項但書により交付に代わる公告をなし得るのは、当該被買収者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないときに限られるのであるから、たとえ右主張の公告がなされたとしても、本件においてはそれは右要件を具備しない無効の公告であるというの外はない。これを要するに、共有地の買収手続をするに当つては、控訴人主張の如く共有者の一人が他の共有者に関する買収令書受領代理権を有するような特別事情が存する場合はともかく、然らざる限り各共有者に対し各別に令書を交付して行うことを必要々件とするものと解すべきであるから、前叙の次第よりして被控訴人水野喜一郎に対する関係では令書の適法交付がなされたが、被控訴人三村謙一に対する関係では、その交付乃至有効な公告のなされなかつたことが明らかであるから、本件買収処分中被控訴人三村謙一名義の本件山林に対する共有持分全部については買収処分が存在しないものというべく、従つてこの点において被控訴人三村謙一の本訴請求は正当として認容すべきものとする。

そこで進んで、被控訴人水野喜一郎に対する本件買収処分――同人の本件山林に対する共有持分権全部の買収処分――が、果たして同人主張のように著しく不平等で公正を欠く無効の処分といえるかどうかについて考察する。先ず、成立に争いのない甲第一号証の一乃至六、同第四号証、原審証人名越臥波、同坂本隆男、同宝蔵哲夫、同大橋忠雄、同笹下アサノ、同横田柏男の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すると、(一)本件代替地買収処分を必要とするに至つた事情は、国の施策に基く農地開拓のため控訴人が昭和二十二年十月二日自創法第三十条第一項第一号の規定により岡山県阿哲郡新砥村大字田渕字長畝所在の同村村有山林五十二町七反五畝二十二歩を買収したが、その結果予て右山林を薪炭林、採草地として利用できる入会権を有していた同村引無及び蓬畑両部落民は右入会権を失うこととなつたので、控訴人は責任上右両部落民の営農上欠くことのできない薪炭林、採草地を確保するため、他にその適当な代替地を物色せねばならず、少くとも二十二世帯分に相当する三十二町四反八畝二十歩位の山林面積を代替地買収する必要が生ずるに至つたことによるものであること、(二)本件山林が右代替地買収の対象として選定された事情は、<イ>本件山林の所有者である被控訴人両名がいずれも村外居住者で薪炭林、採草地としてこれを使用していなかつたこと(但し、上記村外居住者である点は当事者間に争いがない)、<ロ>従つてまた、本件山林はこれを買収しても、更にその代替地を必要とするものではなかつたこと、即ち本件山林附近の同村所在山林は後記訴外笹下アサノ所有山林を除き、他は全部在村地主所有の山林であつて、本件山林とその薪炭林、採草地としての適性と位置との点で同一視できるものもあつたが、これらの山林はその地主らがすべて薪炭林や採草地として使用していて、これを買収するときはその地主らの営農上更にその代替地を必要とし、代替地買収の繰り返えしをするに至る買収技術上の欠陥があるが、本件山林にはこの点の弊害がないこと、<ハ>本件山林の土質形態等が薪炭林、採草地として適地であり、その位置も前記代替地を必要とする部落民らの農地にも比較的近距離にあつて、その使用が便利であること、等各般の調査結果を勘案考量として選定されたものであることが認められ、前記各証拠中右認定に副わない部分(就中本件山林の経営管理が特に粗放であつたとの証言部分)はにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかるところ、被控訴人水野喜一郎は本件山林が合計十二筆に分れて分散点在し、その周囲の隣接山林と管理状況その他すべての点で同一条件であるのに、その隣接山林をことさら除外し、本件山林のみを抽出買収したものであるから、それは著しく不平等な処分だと主張するのであるが、前段(二)の<ロ>において説示したようにその隣接山林は在村地主の所有山林であつて、これを買収するときは代替地買収を繰り返えす弊害を伴うものであるから、たとえその他の点では同一条件を具備するとしても買収すべき代替地の選定上本件山林とこれらの隣接山林とを同列におく訳には行かないものといわねばならないし、また前記の如く同村所在山林中本件山林と同様不在地主たる訴外笹下アサノ所有の山林があつたが、この山林は買収の対象から除外されたものではなく、本件山林と同時にやはり代替地買収処分を受けたものであるが、右買収前に右アサノが同村居住者にこれを売却処分していたことがその後判明し、その買収処分が取り消されたものであることが前示証人笹下アサノ、同横田柏男の各証言に徴し認められ、右認定を左右する証拠もないから、却つてこの事実は本件買収処分が決して不公平な処分ではなかつたことを裏書するものといえよう。なるほど、被控訴人らが指摘する如く本件買収処分は被控訴人両名の全共有山林合計十五筆総面積三十町余のうち、約九割五分に当る十二筆総面積二十八町余を対象としたことは当事者間に争いのない事実であり、しかも被控訴人らが不在地主であつたことが、その選定の最も重要な理由の一つとなつていたことも、前叙の次第に照しこれを肯認するに難くないところであるけれども、右前者の事情――被控訴人らにとつて苛酷に過ぎるとする事情――は、それ自体いわば結果論であつて本件買収処分を目して不平等処分とする根拠となし得ないことは論を俟たないし、右後者の事情は却つて前叙の如き代替地買収を繰り返えす弊害を避ける必要上からも、また自創法第一条が宣言する同法の目的精神及び同法第三十七条第三十条の規定の趣旨よりしても、その選定上不在地主の山林であることがより買収に適するものとして当然考慮しなければならない重要事項であることも明らかであるから、これまた不平等処分であるとあげつらう根拠にできないことも明白である。なお、成立に争いのない甲第二、三号証と前示証人名越臥波、同横田柏男の各証言とによれば、前記新砥村当局において本件山林に代わる山林を他に物色するなどして、前記引無及び蓬畑両部落民の薪炭林、採草地を確保する善後策を講じていることが窺えるが、これは本件山林の買収処分が争訟となつて事実上実行されていない結果、その急場をしのぐための己むを得ない便宜上の処置と見るべきものであるから、右新砥村当局の善後処置をとらえて、直ちに本件山林の他にも代替買収地の適地があり、従つて本件買収処分が不平等処分だと即断することは決して正しい見解とするに当らないものである。これを要するに、控訴人において本件買収処分をするについて相当の必要性を具備すると共に、本件山林をその対象として選定したことも正当理由に立脚したものであつて、本件買収処分が不平等な違法処分であるとするのは正に皮相の見解というの外はない。しかも、右対象の選定については専門的な政策的技術的考量や経験を必要とするものであるから、それは控訴人の裁量行為と解するのが相当であり、従つてその選定上の過誤、不公平が明白且つ顕著である場合に限つて、これに基く買収処分が違法となるものというべきであるから、右の明白且つ顕著な選定上の不公平が到底認められない本件買収処分については、なおさらこれを違法無効の処分とする余地は存しない訳である。畢竟、被控訴人水野喜一郎に対する本件買収処分、即ち同人の本件山林に対する共有持分全部の買収処分は有効であつて、同人のこれが無効確認を求める本訴請求は失当として棄却を免れないものといわねばならない。

よつて、原判決中被控訴人水野喜一郎の請求を認容した部分は不当であるから、これが取消を免れず、被控訴人三村謙一の請求については、原判決の判断と当裁判所の判断とはこれを認容する理由において異なるものであるが、結局本件買収処分を失効せしめる無効確認を認容する点において、その結果を同じくするものといえるから、畢竟原判決中被控訴人三村謙一に関する部分は相当であつて、控訴人の同被控訴人に対する本件控訴は理由がなく、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条第九十五条第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 高橋英明 浅野猛人 小川宜夫)

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